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新潟地方裁判所 昭和34年(ワ)80号 判決

原告 村井ムラ

被告 大同不動産金融株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨とこれに対する答弁

(一)  請求の趣旨

1  被告は別紙不動産目録に記載の家屋につき、新潟地方法務局昭和三三年一月二八日受付第一、〇八一号をもつてした債権元本極度額二〇万円、期限後の遅延損害金を年三割六分とする旨の根抵当権設定登記、および同法務局同年六月一七日受付第八、二二二号をもつてした債権元本極度額五万円、期限後の遅延損害金を年四割とする旨の根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

2  被告が原告に対し別紙債権目録に記載の各約束手形金債務を有しないことを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

二、事実上の陳述

(一)請求の原因

1  昭和三三年一月二七日原告と被告との間に手形貸付または手形割引契約にもとづく根抵当権設定契約が存在するとして、原告所有の別紙不動産目録に記載の家屋につき、新潟地方法務局同年同月二八日受付第一、〇八一号をもつて債権元本極度額二〇万円、期限後の遅延損害金を年三割六分とする旨の根抵当権設定登記がなされ、さらに同年六月九日同じく原告と被告との間に手形貸付または手形割引契約にもとづく根抵当権設定契約が存在するとして、前記家屋につき同法務局同年同月一七日受付第八、二二二号をもつて債権元本極度額五万円、期限後の遅延損害金を年四割とする旨の根抵当権設定登記がなされている。

2  そうして、被告は前記昭和三三年六月九日の契約にもとづき、原告および訴外西村明忠の両名が別紙債権目録の第二に記載の額面五万円の約束手形一通を振り出したにもかかわらず、これが弁済をしないとして、同年一〇月一七日頃新潟地方裁判所に対し不動産競売を申し立てたところ、同庁同年(ケ)第一四九号事件として競売開始決定があり、つづいて前記同年一月二七日の契約にもとづき、原告および訴外西村明忠の両名が別紙債権目録の第一に記載の額面二〇万円の約束手形一通を振り出したにもかかわらず、これが弁済をしないとして、同三四年四月頃同裁判所に対し不動産競売を申し立てたところ、同庁同年(ケ)第一五号事件として、前記(ケ)第一四九号事件に記録添付されている。

3  しかしながら、原告は被告との間に第一項に記載したような内容の根抵当権設定契約はもとよりその設定登記申請手続をしたことはなく、また前項に記載したような内容の約束手形を振り出したことはない。ただその後に調査したところ、原告とその先夫との間に出生した訴外西村明忠が被告と共謀のうえ、原告不知の間に原告の印章を盗用して前記のような登記手続をしたものであることが判明した。しかし、それはそれとして、いずれにしても原告は被告に対し別紙不動産目録に記載の家屋の所有権にもとづき第一項に記載の各根抵当権設定登記の抹消登記手続をすべきことを請求し、また第二項に記載の各約束手形金債務の存在しないことの確認を求めるため本訴におよんだ。

(二)  請求の原因に対する答弁

請求原因第一、二項の事実はいずれも認める。

同第三項のうち、訴外西村明忠が原告とその先夫との間に出生した子であることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。以下、抗弁において主張するとおりの事由により原告の請求は失当である。

(三)抗弁

1  原告主張にかかる根抵当権設定契およびその登記はいずれも原告の代理人たる訴外西村明忠と原告との間に締結され、その手続をしたものであり、また同じく原告主張にかかる約束手形はいずれも訴外西村と原告の代理人たる同訴外人とが共同名義で振り出したものである。

2  仮りに、訴外西村において原告の代理人たることが認められないとしても、民法第一一〇条にいわゆる権限ゆ越による表見代理の法理により、原告は右訴外人の代理行為につきその責に任ずべきである。すなわち、(1) 訴外西村は原告とその先夫との間に出生したいわゆる一人息子であること、(2) 原告が別紙物件目録に記載の家屋を訴外大和土地株式会社のあつせんで買い入れた際、訴外西村は原告の代理人として右訴外会社との交渉にあたり売買契約を締結した事実があり、かつ被告は訴外西村を右訴外会社の代表取締役間英太郎の紹介によつて知り金員を貸し付けたこと、(3) 原告は前記家屋に火災保険契約を締結するにあたり、訴外西村に対しその契約を締結する代理権を授与し、印章を預託していたこと、(4) 訴外西村において被告に対し前記根抵当権設定契約、同設定登記申請および約束手形の振り出しにつき原告の承諾を得ている旨を述べたので、これを信用し金員を貸しつけ、かつ右契約および登記申請手続を行ない、約束手形の振り出しを受けたものであること、などの事情がある。したがつて、訴外西村においてした前記のような代理行為が原告の授与した代理権限外のものであつたとしても、第三者たる被告は適法な権限ありと信ずべき正当な理由を有したものであり、しかもそのように信ずるにつき何らの過失はなかつたのである。

したがつて、いずれにしても原告の請求は理由がない。

(四)  抗弁に対する答弁

1  抗弁第一の事実はいずれも否認する。

2  同第二のうち、訴外西村明忠が原告とその先夫との間に出生したいわゆる一人息子であることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

三、証拠

(一)  原告の援用および認否

証人西村明忠の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第一ないし第四号証のうち原告名下の印影部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は否認する、乙第五号証の成立は認める。

(二)  被告の提出および援用

乙第一ないし第五号証を提出し、証人前川久三郎の証言および被告会社代表者本人尋問の結果を援用する。

理由

一、当事者間に争いのない事実

(一)  昭和三三年一月二七日原告と被告との間に手形貸付または手形割引契約にもとづく根抵当権設定契約が存在するとして、原告所有の別紙不動産目録に記載の家屋につき、新潟地方法務局同年同月二八日受付第一、〇八一号をもつて債権元本極度額二〇万円、期限後の遅延損害金を年三割六分とする旨の根抵当権設定登記がなされ、さらに同年六月九日同じく原告と被告との間に手形貸付または手形割引契約にもとづく根抵当権設定契約が存在するとして、前示家屋につき同法務局同年同月一七日受付第八、二二二号をもつて債権元本極度額五万円、期限後の遅延損害金を年四割とする旨の根抵当権設定登記がなされている。

(二)  そうして、被告は前示昭和三三年六月九日に締結した契約にもとづき、原告および訴外西村明忠の両名が別紙債権目録の第二に記載の額面五万円の約束手形一通を振り出したにもかかわらず、これが弁済をしないとして、同年一〇月一七日頃当裁判所に対し不動産競売を申し立てたところ、当庁同年(ケ)第一四九号事件として競売開始決定があり、つづいて前示同年一月二七日に締結した契約にもとづき、原告および訴外西村明忠の両名が別紙債権目録の第一に記載の額面二〇万円の約束手形一通を振り出したにもかかわらず、これが弁済をしないとして、同三四年四月頃当裁判所に対し不動産競売を申し立てたところ、当庁同年(ケ)第一五号事件として前示(ケ)第一四九号事件に記録添付されている。

二、争点に対する判断

(一)  抗弁第一について

原告は前示根抵当権設定契約およびその登記申請ならびに前示約束手形の振り出しにつき何ら関知しないものであると主張するところ、被告はそれらはいずれも原告の代理人たる訴外西村明忠が原告より授与された代理権の範囲内で適法に行なつたものであると抗争する。

よつて審案するに、証人前川久三郎の証言のなかに被告の主張にそう供述部分があるが、右前川久三郎は訴外大和土地株式会社に勤務する者であるところ、同会社の代表者が訴外西村を被告会社に本件金融をあつせんした関係上、返済遅延の責任を感じ、右前川をして原告方を五、六回訪問させたが、その都度原告は留守で遂に会うことができず、その夫にだけ会つて帰つたと右前川が述べていた旨の被告会社代表本人尋問の結果および証人西村明忠の証言などと対比すると、これをたやすく措信できない。かえつて前示証人西村明忠の証言および原告本人尋問の結果を考えあわせると、訴外西村明忠が原告名義を用いて前示根抵当権設定契約およびその登記申請ならびに前示約束手形を振り出すにあたり、原告よりそれらの行為をする一切の代理権を授与されている旨を被告会社代表者らに対して述べたけれども、それはすべて虚言であつて、原告がそれらの権限を同訴外人に対し授与した事実のないことが肯認され、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

したがつて、被告の右抗弁は失当というほかはない。

(二)  抗弁第二について

ついで被告は、訴外西村明忠において、原告名義で前示根抵当権設定契約およびその登記申請ならびに約束手形を振り出すことにつき、原告より代理権を授与されていなかつたとしても、いわゆる権限ゆ越による表見代理行為が成立するから、原告はその責に任ずべきであると抗争するので、以下これを約束手形金債務不存在の確認を求める部分と、根抵当権設定登記抹消登記手続を請求する部分とに分けて検討する。

1  約束手形金債務不存在の確認

原告名下の印影部分の成立については争いがなく、その余の部分については前示証人西村明忠の証言と被告会社代表者本人尋問の結果によつてその成立を認めうる乙第一ないし第四号証、前示証人前川久三郎の証言、証人西村明忠の証言の一部および被告会社代表者本人尋問の結果、原告本人尋問の結果の一部ならびに弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実を認定することができる。

訴外西村明忠は昭和三二年一二月頃訴外小林久二ら一〇名の者と共同で東新マーケツトと称する組合を設立しその会計係として働いていたところ、右事業を行なうために建設した店舗の建築費などの債務を支払うため相当多額の資金が必要となつたが、会計係たる訴外西村においてその資金を作り急場をしのがねばならぬ破目になつた。しかし、その当時訴外西村としては格別融資を受けうるところとてもなかつたが、たまたま同年秋頃同訴外人のあつせんによつて原告(訴外西村が原告とその先夫との間に出生したいわゆる一人息子であることについては当事者間に争いがない。)が買い取つた本件家屋の登記済証を同年一一月下旬原告より預つていたところから、これを利用して金融を得ようと考えるにいたつた。そうして、昭和三二年一二月下旬右家屋の売買を仲介して貰つた訴外大和土地株式会社に赴き、該家屋を担保として融資してくれそうなところの紹介方を求めたところ、同会社代表取締役間英太郎らより被告会社を紹介され、被告会社代表者らと会つて金員借り入れにつき話しあつた結果、同会社より不動産を担保として金融を得るためには抵当権設定契約およびその登記申請に要する関係書類を整備するほか、右家屋に相当額の火災保険契約を締結し、これにつき被告会社の債権担保のため質権を設定せねばならないと告げられた。そこで訴外西村は原告方に赴き、原告に対し本件家屋に火災保険契約を締結する必要があり、その手続は自分がすべて代理して行なつてあげるし、保険料は少額なので自分が支払つて上げたい旨を申し述べたところ、原告はその言を信じて申出を承諾するとともに、自己の印章を訴外西村に預けた。かようにして言葉たくみに原告の印章を入手した訴外西村はこれを使用して印鑑証明書を作り、かつ本件家屋の登記済証を持参して被告会社にいたり、原告より金員借り入れおよびその支払担保のため右家屋に抵当権を設定するについての代理権を授与されていると述べ、昭和三三年一月下旬頃原告名義をもつて右の言を信用した被告会社との間に前示金二〇万円を債権元本極度額とする根抵当権設定契約を締結し、その旨の証言(乙第三号証)その他登記申請に必要な書類を作成し、これが設定登記手続を行ない、それとともに右契約にもとづき被告会社より弁済期限を一ケ月後として金一五万余円の金員を借り受け、それに相応する約束手形を被告会社に宛て振り出した。その後訴外西村は弁済期が到来しても右債務を支払うことができなかつたので、約束手形の書き替えを続けていたが、さらに金員を必要としたため、本件家屋を担保として被告会社より融資を得ようと考えた。しかしながら、訴外西村は前示原告の印章を利用した後、間もなくこれを原告に返還してしまい、これを再び原告から借り受けるに適当な口実もなかつたので、やむなく印判屋で原告に無断でさきに預託されたものと類似する原告名義の印章を作り、それについての印鑑証明書の交付を受け、これと本件家屋についての登記済証などを被告会社に持参し、前と同じく原告よりその代理権を授与されていると称し、昭和三三年六月上旬頃原告名義をもつて右の言を信用した被告会社との間に前示金五万円を債権元本極度額とする根抵当権設定契約を締結し、その旨の証書(乙第四号証)その他登記申請に必要な書類を作成し、これが設定登記手続を行ない、それとともに右契約にもとづき被告会社より金員の貸与を受けた。そうして、その頃(昭和三二年六月九日頃)訴外西村は従前の極度額二〇万円の根抵当権設定契約にもとづく債務の元利金を合計して別紙債権目録の第一に記載の額面二〇万円の約束手形一通(乙第一号証)、および右極度額五万円の根抵当権設定契約にもとづく債務につき同目録の第二に記載の額面五万円の約束手形一通(乙第二号証)をそれぞれ原告名義で作成し、これを被告会社に交付した。

以上の事実が認定され、これに反する証人西村明忠および原告本人の各供述部分はいずれも措信できず、他にこれを動かすに足る証拠はない。

右認定のとおり、原告が訴外西村明忠に対して代理権を授与したのは本件家屋につき火災保険契約を締結することであつて、前示根抵当権設定契約についてはもとより、金員の借り入れおよび前示約束手形を振り出すことにつき、その権限を与えたことはこれを認められないのであるから、同訴外人が原告名義をもつてした右契約および金員の借り入れならびに手形振出行為はいずれも代理権の範囲外であつたというべきである。しかしながら、訴外西村が被告会社との間に前示債権元本極度額二〇万円の根抵当権設定契約を締結して金員を借り受け、それに相応する約束手形を振り出した当時、同訴外人は原告の真正な印章とその印鑑証明書および本件家屋の登記済証を所持していて、これを被告会社代表者に示し、かつ原告より一切の代理権を授与されていると表明したところ、同代表者においてこれを信用しているのであるから、他に格別の事情のあることの認められない本件においては、被告会社において訴外西村にその権限ありと信ずるにつき正当な理由を有していたものであり、被告会社がそのように信ずるにつき過失のあつたことを肯認するに足る証拠はない。これに対して、訴外西村が被告会社との間に前示債権元本極度額五万円の根抵当権設定契約を締結して金員を借り受け、また前示約束手形二通を振り出したのは、いずれも同訴外人が原告より前示火災保険契約の締結に関する代理権を授与されたときから約六ケ月間を経過しており、しかも原告より預かつた印鑑を返還してしまつた後のことであるから、すでにそのときには右代理権は消滅していたものとみるべきである。しかしながら、かように無権代理人がなお代理人であると称して従前の代理権の範囲に属しない行為をした場合であつても、相手方において右代理権の消滅につき善意無過失であり、しかも自称代理人の行為についてその権限があると信ずるとともに、そのように信ずるにつき正当な理由を有する場合には本人をしてその責に任せしめるを相当とするところ(大審院、昭和一九年一二月二二日民事連合部判決、民集二三巻六二六頁参照)、訴外西村は原告名義の印章(訴外西村の偽造にかかるものでではあるが、それによつて表見代理の成否に消長を及ぼすことはない。)、とその印鑑証明書および本件家屋の登記済証を持参し、前と同様に原告より一切の代理権を授与されている旨を表明したので、被告会社においてこれを信じ、前示債権元本極度額五万円の根抵当権設定契約を締結して金員を貸し付けるとともに、その貸付金および先になした貸付金の元利金に対応する前示約束手形二通の振り出しを受けたのであるから、他に特別の事情の認められない本件においては、訴外西村の前示行為についてもその代理権ありと信ずるにつき正当な理由があり、しかも全証拠を検討してみても被告会社がそのように信じたことにつき別段の過失があつたとも認められない。

そうすると、原告はいわゆる表見代理の法理により訴外西村が原告名義をもつてした前示根抵当権設定契約および金員の借り入れならびにこれに対応する約束手形を振り出した行為についてはすべてその責に任ずるほかはなく、したがつて原告の前示約束手形金債務不存在の主張は採用することができない。

2  根抵当権設定登記抹消登記手続の請求

がんらい登記の申請は、登記申請人が国家機関たる登記所に対して一定内容の登記をなすべき旨を要求する意思表示であるから、その申請による表示行為に対応する真意(登記申請意思)の存在を必要とし、したがつて登記権利者、登記義務者またはその代理人など登記申請なしうる権利または権限のある者の真正な申請にもとづいてなされることを適法要件とするのである(不動産登記法第二六条第三五条第一項第五号参照)しかも、その申請は私人が国家機関に対し特定の行政行為を求めるものであるから、私人のする公法上の行為というべきであるが、それは私人と登記所との間の法律行為ではなく、またいつたん申請によつて登記がなされるとその効力は登記申請人の意思内容のいかんにかかわらず発生するため公法上の法律行為ということもできないので、登記それ自体には私法上の法律関係を対象とする民法の表見代理に関する規定の適用ないし準用の余地はない。それゆえ、たとえその代理人の行為が民法上のいわゆる表見代理行為とみうる場合であつても、登記申請に関して正当な代理権限を有しない者が代理人と称して登記申請書類を作成すれば、その書類はいわゆる偽造文書であつて、これを使用してされた登記申請は不適法といわねばならない。しかしながら、右のように登記申請書類が偽造であり、登記申請人の申請意思が欠如していても、登記官吏はいわゆる実質的審査権を有しない関係上、その事実が外観上明白でない限りこれを拒否することは許されず、結局申請が受理されすでに登記がなされている場合に、その登記面の記載内容に対応する実体的な法律関係が本人の意思にもとづいて有効に成立し、あるいは表見代理その他の理論によつて相手方がその有効なことを主張できるとき、なおその登記の効力を認めるべきか否かについては議論の分かれるところであるが、登記申請の法律的性格が前示のごときものであつてその効力は登記申請人の意思いかんを問わず発生すること、登記がもともと実体的な不動産物権の変動と登記簿上の権利関係の変動とをできるだけ一致させこれに対して対抗力を与える公示作用を目的とする制度であること、および登記手続上の技術的操作によつて取引の安全を不当に害しないようにする必要のあることなどを考えあわせると、真実の登記義務者においてその登記を拒みうる特段の事情がなく、しかも登記簿上の権利者において善意であるときは、これに対して登記の無効を主張し得ないと解するのが相当である。

そこで本件についてこれをみるに、前示のとおり訴外西村は根抵当権設定登記に関し原告より何らの代理権を授与されておらなかつたにもかかわらず、原告名義を冒用して根抵当権設定登記の申請について必要とする書類を偽造し、これを使用して被告会社との間に前示根抵当権設定契約の内容に対応する根抵当権設定登記を経由している。しかしながら、他方右登記面の記載内容に相応する契約が同じく原告の名義を冒用した訴外西村と被告会社との間に締結されており、しかも右契約に関する実体上の法律関係においては、被告会社から原告に対し右訴外人の行為をいわゆる表見代理行為としてその有効を主張しうることは前段において説示したとおりであり、かつ全証拠を精査してみても、登記義務者たる原告において右登記を拒みうる特別の事情の存在在することが肯認されず、また被告会社は訴外西村が原告よりその代理権を授与されたものであると信じたことは前示のとおりであり、したがつて特段の事情の認められない本件にあつては被告会社は前示根抵当権設定登記の申請につき善意であつたものと認められ、またそのように信じたことにつき過失の責があつたと認めるに足る証拠もない。

してみれば、本件根抵当権設定登記はその申請手続において不適法な点があつたにもかかわらずこれを有効と認めるべきであるから、原告は被告に対しこれが抹消登記手続を求める権利を有しないというほかはない。

三、結論

以上、説示したところによつて明らかなとおり、原告の被告に対する根抵当権設定登記の抹消登記手続および約束手形金債務不存在の確認を求める各請求はいずれもその理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用は敗訴した原告に負担を命ずることにする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣学)

(別紙)

不動産目録

新潟市関屋字団九郎裏一番割

地番不明仮地番一、七六三番一

家屋番号 関屋三〇七番八

一、木造瓦葺平屋建居宅 一棟

建坪 一三坪五合八勺

(別紙)

債権目録

第一、約束手形一通

額面 金二〇万円

支払期日 昭和三三年六月三〇日

支払地 新潟市

支払場所 大同不動産金融株式会社

振出地 新潟市

振出日 昭和三三年六月九日

振出人 原告および訴外西村明忠

宛者人 被告会社

第二、約束手形一通

額面 金五万円

その他の記載事項はすべて第一に同じ

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